駅・町情報 |
本州最西端の駅として、1日10,000人の利用のある下関駅。(JR西日本の最西端駅は博多南駅)
かつては多くの寝台ブルトレや、長距離列車の気動車たちが肩を並べた駅であり、本州〜九州を往来する列車も多く見られ、長大編成の列車が機関車の入れ替え光景なども多々見られ、山陽電気軌道(現在のサンデン交通・バス事業者が下関市を中心に路面電車を運営していた。)も駅前に乗り入れており、山口県最大の駅であった。
時代は、モータリゼーション・新幹線・長距離バス等の発展により、名高い列車は姿を消してゆき、山陽電気軌道は1971年に撤退。九州方面へ乗り入れを行っていた長距離気動車は、2005年の「いそかぜ」を最後に引退。また同年10月の改正で、山陰方面から小倉へ乗り入れていた普通気動車や山陽本線・宇部線へ乗り入れていた九州の普通列車の廃止。2009年には「富士・はやぶさ」のブルートレインの廃止により、本州〜九州を直通する列車が全廃されたと同時に、下関駅へやってくる優等列車は姿を消した。
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<小倉〜小串を往来するキハ58 2002年7月 8番線にて> |
<機関車の入換待ちの京都行き快速ムーンライト九州> |
駅は長大編成も停車可能な6面10線の広大な敷地が高架駅となっている。ホームは東側から通過線や機回し線を含み、1,2,3・・・番線と付けられており、旅客を扱うのは3,4,6,7,8,9番線のみ。また、九州方面への直通が消滅した現在では、3,4番線は降車専用ホームとなっている。
昇降口は、幡生寄りに各ホーム1箇所であり、決して幅の広いものではない。青春18切符のシーズンともなると、階段目掛けて“大垣ダッシュ”のような光景も見られるが、基本は接続の利便性を向上させるため、同一ホームで乗換えとなる。また近年、さらに幡生寄りにエレベータが各ホームに設置されている。
改札口は中央の1箇所のみ。地元の名産にちなんだ“ふぐ”の絵柄の描いた有人集札口であったが、九州方面の利用者も多い事柄、2003年に自動改札が導入されている(JR九州の自動改札機導入は1999年頃)。山陽本線・山陰本線は無人駅が多い事柄、入場印字機型の改札が多い。
出入り口は、高架下に自由通路があり東口と西口、国道側から名店街へ直結できる北口の三箇所が存在する。
バスなどが発着し、商業施設が混在するメインは東口となる。2006年までは立派な三角屋根の木造駅舎が存在していたが、浮浪者の放火により全焼し、現在は通路が設けられるのみとなった。また当時の面影を残す目的なのか、入り口付近の屋根は、三角屋根のモニュメント?が設けられている。また、放火事件の数年前には、構内に車が突っ込み、ナイフを振り回す通り魔事件が起きており、何かと事件が相次いでいた。

<三角屋根の面影をわずかに残した 東口>
古くから港町として栄え、漁業や海運・貿易も盛んであった。下関市として誕生したのは1902年ではあるが、年々人口が減少傾向である。2005年に周辺の4つの町と合併し、30万都市の中核都市-下関市が新たに誕生。名物の海産物をはじめ、海響館(水族館)や海峡ゆめタワー(展望施設)、また古くからある、火の山や巌流島など観光も盛んである。
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<火の山展望台より関門海峡を望む> |
<九州側-和布刈公園より下関方向を望む> |
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放送・放送設備 |
3本ある各ホームごとにメロディーが流れ、上下での区別はない。
「春」「せせらぎ」は首都圏で多く採用されている楽曲となり、現時点では日本で最も西側の駅での導入となっている。「広島2」は曲名がなく、広島支社内で様々なアレンジが聞けることができるが、こちらも最も西側での導入となっている。
スピーカーは、TOAのコラム型が各ホームに3個程度の設置。音質が悪いゆえ、設置位置が高く、ほとんどが駅員放送と被るので、フルで収録するには根気が必要と思われる。また、鳴動回数は列車によって様々だが、1コーラスはほぼ確実である。 |
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