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上穂波駅(筑穂町商工会) 駅名板 駅名板(国鉄型)


 駅の音

スピーカー:TOAラッパ中

2009年度、標準放送の「九州主要簡易版」に変更。
路線 方面 駅の音 曲名(本サイト概要) 機材
原田線 桂川・原田 方面 ありません




 駅の様子

出入口付近 ホーム風景(原田方面を望む) ホーム風景(桂川方面を望む)
ホームへ 待合所


 駅情報

駅・町情報 原田線の起点、桂川から分岐し、南西へ3キロほど進むと上穂波駅がある。起点と称したが、本来の起点は北九州市の若松駅になる。原田線とは愛称であり、2001年の部分電化・運転系統の変更時に名付けられたものである。正式名称は筑豊本線であり、駅が開業した1928年は“長尾線(飯塚〜筑前内野)”と呼ばれていた。
今日では1日7〜8往復という、県内で最も列車の走らない路線となってしまっているが、炭坑全盛期の1950年前後は、北側に上穂波炭坑線が延び賑わっていた時代もあった。上穂波坑西側には大分(だいぶ)坑も存在し、桂川(当時は長尾)駅からも専用線が敷いてあった。炭鉱を経営する嘉穂鉱業は、上穂波に本社を置いていたが、後に大分坑へ転居し、発展の中心も西にズレ、次第に上穂波は寂しくなっていったとか。ちなみに嘉穂鉱業は、後の嘉穂製作所となり小規模のスロープカーやモノレールを製作している。

<英彦山を昇るスロープカーは同市内で作られている 2005年11月 花駅にて>

現在の駅舎は、かつて国鉄時代にあったものを取り壊し、鉄骨2階建てのものが建っているが、これは飯塚市(旧嘉穂町)の商工会館。一応JR所有の物件らしいのだが、駅として利用されているのは1階左側の一部分、僅かな通路だけと言えよう。その通路右側に、シャッターの閉まった窓口のような物があるが、かつては業務も行っていたのだろうか。
ホームは商工会館裏手に、2面1線の状態で存在している。つまり西側の乗り場は廃ホームと化し、事実上の単式1線型となっている。2002年の訪問時には、線路は無いものの路床がハッキリ見えていたのだが、その後の訪問では草だらけになり、完全に放置されている。

<ホーム風景、原田方向を望む 2002年7月>

ホームは4両編成程度ならば停車可能であるが、基本は直方車両区のキハ40系またはキハ31系の単独編成しかやって来ない。待合所はホーム中央にあり、券売機などの設置はない。また、中央2両編成分程度は嵩上げされている。
放送・放送設備 TOAのラッパ型スピーカー(旧式・グレー)が設置されていますが、接近・発車共にありません。
緊急・防災用の放送かと思われます・


駅住所 福岡県飯塚市阿恵6001
開業日 1928年7月15日
駅構造 地上駅
駅形態 単式ホーム1面1線
改札口 -
出入口 -
駅員配置 無人駅
支社名 北部九州地域本社
みどりの窓口 なし
キオスク なし
トイレ なし
喫煙所 あり
自動改札機 なし
自動券売機 なし
エレベーター なし
エスカレーター なし



(2002年7月30日第一次調査 2010年11月11日二次調査 現在)
(最終更新日 2010年11月25日)

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